NPO法人 環境みらい下関|循環型社会の形成へ市民活動を活発化させよう 


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環境コラム 

2012年3月号

「豊かさ」に思う


 早いものでボランティア団体「しものせき竹取物語」が発足して6年の歳月が過ぎました。思えば6年前「NPO法人環境みらい下関」が中核となって「下関21世紀協会」の協力のもと、放置され無惨に荒廃した竹林の整備を通して人が本来持っている豊かな心を取り戻すことを求めて立ち上がったのです。また、ネーミングも未来に夢と希望を託する意味を含めて坂本理事長からの提案に参集者満場一致で決まったことでした。
 ボランティア活動は、なかなか日本人には馴染めないもののように感じますが、元来日本には「結い」や「頼母子」などいろんな講があり、それぞれお互い助けあい励ましあって生きてきました。それがここ半世紀で世は劇的に一変したのです。驚異的な経済成長のもと冬は暖かく夏は涼しく美味しい物も好きなだけ食べられる。それが結構なことで素晴らしいことと思い込むのも当然です。だが現実では、豊かさという言葉を使うとき、物の豊かさを意味し、心の豊かさは忘れられて物(=豊かさ)を求めるための金主主義(お金の、お金による、お金のための・・・・)社会となったのです。
 物とお金の奔流が人と人の優しいつながりを押し流して物とお金がすべてを解決すると錯覚し、他人の親切は嬉しいどころか、煩わしいとさえ感じるようになり、人は孤独になってしまいました。さらにお金と物の世界は次々と欲求不満をも増幅させるから困ったものです。そのような世の中で果たして本来のボランティア(報酬や名誉を求めず、自主性と責任感をともなった奉仕行動)が育つでしょうか?
 人間はもともと猿の時代から群れて生きる社会性を持った動物です。欲求不満や孤独のまま、いつまでも耐えられるものではありません。多発している不可解・不条理な犯罪などはこのようなことに起因しているとも言えませんか。いま経済は低迷し、さらには東日本大震災、原発事故・国家財政逼迫などまさに崖っぷちの我が国ですが、ある面では物と金中心から頭を切り替える絶好のチャンスとも言えます。
 物やお金を求めてあくせくすることなく、美しい自然の中で生き物と共生し、人と人は助け合い励まし合う世界、本当の豊かさの再現を早く見たいものです。皆さん、共に希望を持って行動し前進(=進化)しましょう。
余談ながら進化を止めるとやがて“天然記念物”とか“生きた化石”と揶揄されますよ。(笑)


NPO法人環境みらい下関  理事
(しものせき竹取物語 会長) 西村文廣



2012年2月号

あるかぽーとの新名所


 昨年は、3.11の未曽有の東日本大震災を契機とし、日本の価値観の大転換期となりました。奇しくも、この日は(財)下関21世紀協会の設立25周年記念セレモニーの開催日となり、私共の地域づくり活動も一時的に思考停止の状態となりましたが、被害のなかった西日本から元気を発信して行くこと、これまで通りの活動を継続していくことが今最も大事なことと気持ちを入れ替え、懸案の事項を進めることとしました。一昨年より取組んでいる中心市街地活性化基本計画にある「あるかぽーとの賑わい事業」です。
 あるかぽーとは1996年に完成し15年以上経過しますが、これまで2度大型複合商業施設の建設計画がいずれも頓挫しました。この間経済状況も大きく変化し結果的には商業施設が出来ていたら完全にオーバーストア(既に現在もですが) となり、新たな問題も発生していたでしょう。
 しかしながら、中活基本計画にもある衰退する中心市街地のど真ん中にあるこの広大な土地をそのままにしておく訳にはいきませんので、最終的な計画立案は時間をかけ検討することとし、繋ぎで短期の賑わい事業を行い長期計画に反映させようと、その短期賑わい事業を市や他の団体と企画し事業の展開を行っています。その第一弾が、昨年6月スタートしました海峡軽トラ市場です。毎月第3日曜日開催しお陰様で毎回の出店2~30店舗、来場者2~3千人と盛況に推移しております。NPO法人環境みらい下関、しものせき竹取物語も毎回出店して戴いております。
 さらに、12月よりあるかぽーと西側(ココス横)にモンゴルのゲルが3棟立っているのをご覧になりましたか。建築中より何が出来るのだろうと通行人や車で走る人もわざわざ車を止め写真を撮っていく人が沢山ありました。1号館はアジア館としてモンゴルや韓国のお土産品、2号館は情報センターとしてモンゴルの生活様式や下関の観光情報等、3号館は下関ブランドを中心とした下関の逸品の販売を行っています。
 この事業は、軽トラ市場は月一のイベントですが、常設の賑わい創出施設として、寒い冬に経費も切り詰め何が出来るかという中で、建物も珍しく人が集められるものとして企画しました。来館者はやはり天候に左右されますが、メディアにも多く取り上げられ、市外や県外の人もたくさん来られ、あるかぽーとのPRにはかなり貢献しているものと自負しております。皆様のお越しをお待ちいたしております。

NPO法人環境みらい下関
理事 大迫芳彦

 チラシのダウンロード(下関21世紀協会サイトへ)



2012年1月号

≪脱・自分バッカ≫―責任意識の広がりにおいて


 「脱・自分バッカ」は私の造語である。『日本を滅ぼす「自分バカ」』(勢古浩爾著PHP新書2009年5月刊)を本屋で手にした時、ふと思いついた言葉が「自分バッカ」だった。
その新書では「自分バカ」を「自分の自尊心と利益を守ることだけが大切で、そのためなら他人という存在も、正義も、言動の美しさも、どうでもいい、と思っている人間のことである」と説明している。自分のことは自分のこととして責任を果たすのは当然として、自分が配慮すべき範囲を広げ、責任意識の広がりがなければ公共事業は担えないなと、土木工学を専攻した学生時代からずっと考えてきた。しかし最近土木の関係者もそうだが一般に「共益」や「公益」のより大きな価値や誇りを見出そうとはせず、自分の「私益」だけを気にかける人がどうも増えているように思えて、新書の著者の言わんとすることに同調したくなる。しかし、気の弱い小生、そんな「バカ」呼ばわりはなかなかできない。
「自分バッカ」は「自分のことばかり」という意味で使われることはすぐにおわかりのはず。「許(ばか)り」は口語で「ばっかり」と言い、さらにそれを縮めて、例えば「自分バッカいい目にあって」などと、限定の意味での「バッカ」は使われないこともない。現に、家事をほとんどまかせっきりの小生、家の中では女房から「自分バッカかまけて」とよく言われたりする。だから新書で言う「自分バカ」を「自分バッカ」と言い換え、なおかつ現下の状況を改変に導くために小生が提案する「脱却用語」の≪脱・自分バッカ≫の方をむしろ重視し、その言葉をより多くの人々が心するようになればよいと思ったのである。
≪脱・自分バッカ≫をここで取り上げている理由についても皆さんには察しがつくはず。≪脱・自分バッカ≫は、ゴミ減量や、地球温暖化防止をはじめとする環境問題の取り組み、あるいはNPOの活動における私たちの姿勢とも密接に関係している。つまり、≪脱・自分バッカ≫の構えがないと、なかなか環境問題に実践的に取り組めないように思う。私たちが企画する「環境みらい大賞」には、≪脱・自分バッカ≫の発想を持った人たちがたくさん応募する。そして、あのガレキの山を思い起こしてみよう。3.11の大震災と原発事故の後、捨て場所が確保できないことの苦しみを私たちは痛いほど知らされている。3Rの実践には使用後の製品の引き受け手である多様な捨て場所、そのための人間関係の豊かさ、ひいてはその前提である≪脱・自分バッカ≫の精神が必要なのだが、放射性物質の曝露はそれすらままならないものにしてしまうことも知らされた。だからよけいにいまこそ、≪脱・自分バッカ≫をいかに求めていくか、大事なところで問われているのではないか。
奇妙な造語かもしれないが、新たな年を迎えるに当たり改めて、責任意識の広がりにおいて≪脱・自分バッカ≫をより多くが志して欲しいと願っている。


NPO法人環境みらい下関
理事長 坂本紘二



2011年12月号

世相雑感


 最近、品格とやら才覚ということばがあちこちで聞かれる。ということは品格や才覚のない人が増えていろいろ問題があるということだろうと思われる。いわゆる年に見合った常識を備えていないということだろう。従来は、常識がないと云えば、「今頃の若い者は・・・」と年寄りが嘆く図式が普通であった。しかし、私は、そのような常識のない人が最近は年寄りに多いと感じている。これも超高齢化の影響が出ているのかも知れない。例えばゴミ出しのルール。これを平然と無視するのは割に年の人が多い。指定ゴミ袋を買わず、山に捨てる。注意すると、「ウチの山ぢゃけー」と平然とのたまう。分別をいうと「そんな面倒なことは年寄りには無理」と来る。全く素直な所がない。
 年一回、町内の川掃除と道路の清掃と草とりの参加を求めると、「そりゃー市役所のやることぢゃろうがね」と来る。自分の田の手入れはコマメにやるが公的なものには全く関心を示さない。それを何とか出てもらうのは容易ではない。だから最近は自治会長のなり手がなく、輪番制のところもある。自分の生活の中から発生するゴミは当然自分の責任で処置するべきだし、自分の住む近辺の環境美化の最低限のことは自分でやることだと私は思うのだが「高い税金を払っているのだから市役所がやることだ」という人が多い。とにかく権利の主張がやたら多い。戦後、何かにつけて、「人権」、「権利」、「平等」を主張するようになり、その教育を受けた人達が老人世代になって来たため、このような状況になったと思われる。
 それに、最近はすぐにキレる人が多くなって来た。すぐキレるのは分別のない若者達の専売特許かと思っていたら、最近は、高齢者がキレやすくなっているのではないか。最近あるイベントの開会式で餅まきをやった。15㎏の餅をまいたのでまあまあの量だったと思っていたところ私に向かって、「こんな餅まきなんかやめてしまえ」と男性の高齢者が毒づく。どうも拾う量が少なかったらしい。それにしてもいい年をして大人気ないことだと思う。それにしても餅まきのやり方まで神経を使わねばならぬとはむずかしい世の中だ。
 このように年のとり方を知らないわがままな老人が増えていることは困ったことで、国の将来のため自立した老人を多くすることが重要なことではないかと今、小生をとりまく情勢を見ながらつくづく考えさせられる今日この頃である。


NPO法人環境みらい下関
理事 米村仁治



2011年11月号

暮らしを考える。


 実りの秋を迎えて稲の収穫作業が進んでいます。今年の山口県の稲作は、作況指数が100を超えて豊作だそうです。米が余るからと作付けを制限されていても、豊作と聞けばまず食うに困ることはないという安心感があります。
 今年の日本は、早春からかつて経験したことのない大災害に見舞われました。東日本の大震災、そして台風と豪雨。その地域では農作物も壊滅状態です。農作物や漁獲物など、人間や生き物の命を支える食料が、人智の及ばない自然の恵みによってもたらされるものであることを改めて思い知らされました。
 国連人口基金(UNFPA)によると今年10月末で世界人口は70億人に達するそうです。60億人に達してから13年での到達だということです。そして14年後の2025年には80億人になると予測されています。やがて世界的に食料が不足するのではないかと心配されています。今でさえ、世界では9億人強の人たちが飢餓に苦しんでいるとも指摘しています。世界から食料を買い集めて、豊かな食生活をしているわが国には胸の痛む問題であります。
 ノーベル平和賞受賞者で「モッタイナイ」という日本語を世界に広めた、ケニアの環境活動家ワンガリ・マータイさんが、9月26日、71歳で亡くなられました。マータイさんは、人権活動家として、女性の地位向上に努めるとともに、ケニアで進む無秩序な森林伐採に反対するなどの活動で知られ、来日の時に出会った「モッタイナイ」と言う言葉をキーワードにして、環境保護運動を広く展開されました。
 私たちの、日常の暮らしや産業活動の中から排出される「ごみ」、一口にごみと言っても内容は千差万別であります。そのまま使える物、少し手を加えれば立派に再生出来る物がたくさんあります。これらはごみの概念とは違って見えます。まさにモッタイナイと思うところからごみの概念をなくせるかもしれません。
 ごみの埋設処理場で、埋設作業を見る機会があって膨大な処理量を見ていると、こんな消費生活をいつまで続けられるのかと怖い感じさえします。
 物質的な豊かさや経済成長が幸せをもたらす必要条件ではあっても、際限なく拡大するとも思えません。
 不況からの脱却と景気浮揚を望むのは、消費と生産の拡大に通じるとしても新たな方向を模索しながら、大震災をきっかけに経済成長優先の価値観を見直す動きが芽生えることを期待するものです。
 「モッタイナイ」と「ごみ」のテーマは、このままでいいのかという問いかけとともに私たちの暮らしのあり方を深く考えさせられます。

NPO法人環境みらい下関
理事 木本 明



2011年10月号

地球環境問題について科学的に学びましょう!


 地球環境問題に関しては、多くの問題がありますね。地球温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨、熱帯林の減少、大気汚染等々、挙げれば限がありませんね。ところで皆さんは、これらの問題に関して、より科学的な知見をお持ちでしょうか。私自身は,非常に不十分です。一番難しい問題を取り上げてみましょう。地球温暖化CO2(二酸化炭素)説を信じて(?)おられますか。この約200年間の間に、0.6度気温が上昇したことや、CO2濃度が上昇していることは、氷河に閉じ込められた大気を分析すること等で、明らかになっています。では、その原因は、大気中のCO2濃度上昇なのでしょうか?あるいは太陽活動(天然周期)なのでしょうか?化学的に見てみると、地球表面の大気温度が上昇すると、CO2の水への溶解度は、下がります。すなわち地球表面の7割を占める海水からCO2が蒸発してきます。大気温が上がれば其れにつれ、大気中のCO2濃度も上昇するはずです。が、その程度は、大気温度0.6度の上昇でどの位なのでしょうか?計算は非常に多くの要因(他の地球温暖化ガスの濃度変化、海水の複雑要因等々)を含んでおり、正しい計算結果は出せていないようです。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)や政府機関(国立環境研究所等を含む)は、結果を単純化し過ぎて、我々国民に紹介されていないでしょうか?怒られますね!!しかし,CO2濃度の上昇が,何%かの原因となっているものと思われます。そしてその主な要因は,我々人間の生命活動(化石燃料の利用)でしょう。又,地球上の化石燃料が有限であることは,絶対(科学では禁句ですが)間違いないですね(可採年数は次のように発表されています。石油42年、石炭122年、天然ガス60年、ウラン100年(資源エネルギー庁))。で結論は,何%かでも温暖化の要因になっているとするならば,前もって我々一人一人が防いで行かなければなりません。炭酸ガスの放出には気をつけましょう(生きている限り、しょうがないか)。すなわち環境を守っていくためのKey Wordsは「予防原則」と「Think globally, Act locally」ですね。信じていただけましたでしょうか?決して信じてはいけません。科学的な勉強をお勧め致します。下記のような様々な書籍が出版されています(例です)。

1.『地球温暖化は止まらない』S.ブレッド.シンガー、デニス.T.エイバリー
2.『「地球温暖化」論に騙されるな!」』丸山茂徳
3.『手にとるように地球温暖化がわかる本』村沢義久
4.『地球温暖化を防止するエネルギー戦略』林 智 他
5.『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』武田邦彦
6.『“環境問題のウソ”のウソ』山本 弘

著者の先生方には、申し訳ありませんが、どれを読んでも首をひねってしまいます。皆さんも、首をひねられるようお勧め致します。では皆さん、最後に、原発については?勉強なさって御意見を、お聞かせ下さい。




NPO法人環境みらい下関
理事 中野昭夫



2011年9月号

環境経営は会社を強くする。


 わが社は企業の廃棄物管理を行う会社ですから、環境に及ぼす影響が大であると考え、平成6年にいち早く環境マネジメントシステムであるエコアクション21を認証取得しました。
 今年も平成23年8月22日に中間審査が入ります。審査は2年に1回の更新審査、1年に1回の中間審査があります。結局、毎年審査が入るわけですが。
審査は環境マネジメントシステムが運用されているか、環境活動の取組みがなされているか等を外部審査人がチェックします。
 CO₂排出量削減、廃棄物排出量削減、排水量削減、グリーン購入の4つをわが社の環境目標として様々な環境活動に取組んでいます。
 ただ、環境活動は得てして電力・燃料使用量、最終処分量、排水量等のコスト削減に傾きがちです。当初はいくら経費が下がったと一喜一憂しても、排出削減にも限度があります。それでは将来の環境目標も現状維持するしかなく、環境経営は行き詰まります。
 そこで、わが社では環境活動を安全管理・社員教育・地域貢献等の機会と場と考え、会社を強くするための取組みと考えています。
わが社としては企業であるから売上を上げなければならない、売上を上げるために廃棄物処理量を増やす、廃棄物処理量が増えれば廃棄物排出量が増える。最終処分量も増える。悪いループになる。
 そこで、廃棄物の再資源化率を高め、最終処分量を減らす。結果、処分費が減る、売上も増える、イメージアップにもなる。よいループをつくるための工夫をする。そうして現在、わが社は一部を除いて産業廃棄物のゼロエミッションを達成しています。
確かに、暑い夏のアイドリングストップやエアコン設定温度27度はつらいものです。
 しかし、暑い日ほどビールがうまいのも事実です。環境活動もつらい・きついからこそ達成したあとの充実感があると思いますし、厳しい環境が人間を・会社を強くする、と私は思います。
 今年は東日本大震災の影響で電力不足に陥り、企業は否が応でも省エネ対策を考えざる得なくなっています。また、下関市では平成23年4月1日から事業所ゴミの取り扱いが変わりました。下関市の処分場への搬入料金が上がり、また分別方法も変わりました。
 一見すると企業にとってはマイナスと捉えがちですが、会社を強くする機会だと考えて取組んでいけば自ずと会社は強くなるのではないでしょうか。


NPO法人環境みらい下関
理事 松田忠吉



2011年8月号

我が家の小さな発電所


 我が家の屋根に太陽光発電が乗って8年になります。2.4kwという小さな発電所ですがけっこう気に入っています。
 実は、同じ頃に私の実家でも太陽光発電をつけていました。お互い何の相談もしていなかったのに何という偶然!しかも実家は田舎の平屋で屋根が大きく、我が家の倍近い4kw!こんなことなら寄せ棟屋根にしなきゃよかったと悔やんでも後のまつりです。
 私は田舎の生まれで、自然に囲まれて育ち田んぼ、畑、山、川が遊び場でした。アレルギー体質もあったので、衣類は木綿。合成洗剤も好きではありません。太陽光発電の話を聞いた時に、ごく自然に付けたいと思ったのです。
 確かに、設置にはかなりの金額がかかりますが、車等の購入とは違って売電もあるので、場合によっては月々の電気代がプラスになることもあります。そこは家計を預る主婦ですからしっかり計算してみました。そうして購入設置を決めました。おかげ様で我が家の「電気代」にずい分とお役に立ってくれていて財布に優しい発電所になっています。
 太陽光発電には、まだまだ問題点もありますが、「太陽」という偉大なる恵みを私達人間が生活していくためのエネルギーとして活用できるならば、これ程すばらしいことはないのではないでしょうか。もっともっと需要が増えれば更に研究、開発が進むことでしょう。そうなるといずれは、環境に対する負荷も少なく、安全で低価格で安定した、安心のできる戸別の小さな発電所が日本中に広がって行くのではないでしょうか。更に、この太陽の大きな力を、日本から世界に向けて発信できるようになったら、それは素晴らしいことだと思います。
 化石燃料の残量には限りがあります。今こそ、私達が自分の生活の中で何ができるのかを考えなければならない時期になっています。様々な環境問題への取り組みが行われていますが、その中の一つに、太陽光発電も加えてみませんか。
 晴天が続くと売電率が上がり、発電のモニターを見るのも楽しみの一つになります。買電量もモニターに表示されるので、節電の目安も立てやすいです。おかげ様で我が家の子ども達は節電にとても敏感になり、こまめに電気を消し、私の方が注意を受ける有様です。
 この子達が将来、子育てをする時に、環境の悪化で涙を流すことにならないように、今の私達には大きな責任があると思っています。
 太陽光設置はできることですから行動を始めましょう。


NPO法人環境みらい下関
理事 矢野美保



2011年7月号

NPO法人環境みらい下関第8回通常総会等の結果報告について


 会員の皆様には、平素から当法人の事業推進につき、格別のご理解ご協力を賜り厚くお礼申しあげます。さて、先般6月11日(土)、第8回通常総会を開催いたしましたところ、委任状を頂いた方々を含め約6割を超える正会員の皆様のご出席をいただき、誠にありがとうございました。
 総会において坂本理事長は、今年度の事業を進めていく中で特に以下の内容を強調しました。
 「この3月11日午後2時46分に東北沖を震源として発生し、未曽有の災害をもたらしている東日本大震災を、私たちは実際にどのように受け止めたらいいのか。私たちのこれまでの生き方に大転換を迫っているには違いないのだがなかなか明示できないでいる。わかっていることは、これからの私たちの活動は、11 03 11大震災と無縁にやり過ごすことはできないだろうということ。そこで私たちはこの大震災を受け留め、新たな発想で臨む方向性として『C2C(Cradle to Cradle:ゆりかごからゆりかごへ)』のデザイン思想の普及・展開のための事業を行う」と。
 『C2C』の概念は、“廃棄物がない世界”つまり循環を徹底させて「ゴミの概念をなくそう」ということです。自然素材の場合、使用後の拡散物質は自然に戻し、むしろ自然を豊かにするモノづくりを、そして人工的な素材の場合は、質が低下するダウンサイクルでなく、繰り返しのリサイクルでむしろ質が向上して行くアップサイクルを図るモノづくりをめざします。現に今フクシマ原発で漏洩被爆の曝露物質の処理対策に大変苦慮しているように、原発は決して『C2C』にはなりません。その事実をどう受け止めるか。『C2C』は新たな自然再生のエネルギー源の模索にもつながります。
 また、引き続き今年度も募集を行う予定の第2回環境みらい大賞の募集においても、今回の震災を受けて、その募集テーマは新エネルギー活用を含む新たなエコ活動、エコライフなどにシフトせざるを得ないだろうということもつけ加えました。
 「今回の大震災を大事な節目として受け止めながら引き続き活動していこう」という趣旨を含む今年度の方針案を含め、提案した議案については、いずれもご賛同いただき、総会は終了しました。
総会終了後開催された今年度第3回理事会において、正副理事長の互選が行われ、理事長に坂本紘二理事が、副理事長に平野貴昭理事、黒田敏夫理事の両名が選出され、今後の陣容も決定しました。なお、承認いただきました主な内容については、当月号の別葉に掲載しております。


NPO法人環境みらい下関
事務局 新内憲史



2011年6月号

C2C(ゆりかごからゆりかごへ Cradle to Cradle)を広めよう


 すでに3カ月近くも経過しているというのに、復旧、復興の兆しや方向性がなかなか定かになりません。今回の東日本大震災の被災の大きさ、広さ、時間スケールの長さはこれまでの災害と事故への対応の私たちの考え方や発想や想像力すらも一挙に飛び越えてしまい、どのように捉え直して行けばよいのか、戸惑いから抜けきれないでいます。特にフクシマ原発に関しては被災の状況がどのように広がり及んでいくのかほとんど予測できず、苦難を抱え込んだままの情況が相当続きそうで、皆に辛い思いを強いています。
 まだまだそのような情況下で予断は許されませんが、これから先私たちの諸活動は、やはりこの「110311大震災」を大事な節目として受けとめ、新たな発想を織り込みながら、続けていかなければならないと思っています。
 そこで、私たちは今期の先の理事会で、新たな方向性を示す節目の業務として「C2C(ゆりかごからゆりかごまで)」と「EPR(拡大生産者責任)」の普及・展開を図るためのシンポや研修会などの事業を提案しました。
 ≪EPR≫は皆さんご存じのように、製品のメーカーが「作りっぱなし」を避けて使用後のリサイクルコストまで責任を負うようにすることで、環境負荷軽減の「ものづくり」を一層推進しようという理念で、既に少しずつ広がりを見せています。
 ≪C2C≫も同じようなものづくりにかかわる考え方ですが、もっと本格的にゴミの概念をなくし、製品の消耗後も素材を自然生態系に戻せるようにすることや生態系のように自然を豊かに多様にすることを積極的に進めるデザイン理念です。環境効率性や3Rの限界を視野に入れ、リサイクルも質低下のダウンサイクルではなく、繰り返しのリサイクルで質が向上するアップサイクルをめざします。直線的な「ゆりかごから墓場まで」でなく「ゆりかごからゆりかごまで」を志向する徹底した循環への発想転換を、単にものづくりだけでなく都市設計などにも及ばせようとします。
 実は、今年1月の研修旅行での福岡大学の松藤教授の紙オムツのリサイクルシステムの講演の中で「パンツtoパンツ」を言われた時、即≪C2C≫と同じ発想だと感じていました。また、原発による放射性廃棄物や廃炉は決して≪C2C≫にならない点が、人間を含む生物生命にとって原発の有する本質的な辛い部分だとも考えられます。
 議論と実践を重ねながら≪EPR≫と≪C2C≫の提案、発想を広めていく意義は大きいと思っています。

NPO法人環境みらい下関
理事長 坂本 紘二

※参考資料 サステイナブルなものづくり―ゆりかごからゆりかごへ
ウィリアム・マクダナー/著  マイケル・ブラウンガート/著
岡山慶子/監修  吉村英子/監修  山本聡/訳  山崎正人/訳
(人間と歴史社、2009年6月)




2011年5月号

環境みらい下関、設立9年目を迎えて



 NPO法人環境みらい下関もこの6月で、結成して9年目を迎えることになります。NPO法人を奉仕活動で支える会員も250名を超え、また、(財)21世紀協会をはじめとする賛助会員の皆様方のご支援もあり、循環型社会の維持形成を目指して事業を展開してきた成果と発展が市民に認知され手応えを感じる今日この頃です。
 『もったいないを広めよう深めよう』を基本とした【Reuse・Reduce・Recycle】の3つのRを推進する啓発事業と【里づくりを考えよう】をテーマとした2つの活動を、NPO法人の主な活動の主軸と考えて事業を進めて来たことが、間違いではなかったと確信しています。
 リサイクル活動における自転車の再生事業も事業開始以来、3,000台を超え抽選で販売をするなど市民の人気商品となりました。
 楽しくて人気のあるリサイクル教室など、また、市民から提供される衣類や食器・書籍などから得られる収益からさまざまな活動が出来るようになりました。
 また、【里づくりを考えよう】をテーマとして活動する竹林ボランティア「しものせき竹取物語」の竹林整備の里づくり事業、県や国の機関の協力により始まったNPO法人の目指す「里づくり都市・しものせき」の生ごみを使った家庭菜園事業など、里づくり活動も広く知られることとなり、NPO法人環境みらい下関の運営を全国から視察に訪れるようになりました。
 この度の、やまぐちの美しい里山・海づくり条例の制定に伴い、里づくり事業の重要性を確信し、今後は『もったいないを広めよう深めよう』の活動と【里づくりを考えよう】をテーマとしたこの2つの活動を車の両輪とし、その上に「交流と連携」をテーマとして市内のさまざまなボランティア活動団体や広域合併なった旧4町の活動団体との交流と連携を図り、里づくり活動に支援と協力をして、この下関に活動の輪を広げていくことの必要性を感じます。
 それが目指す「里づくり都市・しものせき」の里づくり事業につながるものと思いますので、皆様のご支援とご協力をお願いする次第です。
 また、毎月発行するこの機関誌も、2004年7月の13号から携わり今月で95号目となり、あと1ヶ月で7年になります。長い間のご協力に感謝申し上げるとともに、今後ともご支援とご協力をお願い申し上げます。

NPO法人環境みらい下関
事務局次長  藤木 幸三



2011年4月号

やまぐちの美しい里山・海づくり条例



 「うさぎ追いしかの山、こぶな釣りしかの川・・・」今の子供達にこの言葉の意味が理解できるだろうか。
 昔からその地域地域の特徴、各家々の主の性格が表れた、それぞれ美しく整備された里山の景観があった。その里山、里川や里海の自然環境の荒廃は、里山を人間から鹿やイノシシなど、獣の領域としてしまった。
 昨今の社会情勢から思うに物質文明社会で育った子供たちに、いじめや非行、不登校、ひきこもりといった大きな問題を抱えた子供たちが急増している。
 物質文明社会が子供たちに大きな影響をもたらしており、豊かさは喜ばしく幸せなことなのであろうが、むしろ、それ以上に大切なものを失ってきた。
 子供たちは自分の部屋でのテレビやゲームでの遊び、同級生の2~3人との遊ぶことは出来ても、異年齢同士での外遊びはほとんど見ることは出来ない。
 夜更かし、偏食等、朝起きられない。朝食を抜くため体育の時間など授業が苦痛になる。昔はガキ大将と山の中での秘密基地、川遊び、魚釣り、泳ぎ、また畑仕事等の家事手伝いと、誰もがあたりまえの様に行っていたことである。
 特に、真夏の炎天下に這いつくばっての田の草取り、真冬の麦踏みなど体験は実際に経験していない者には理解できないだろう。苦痛に耐えながら一日中作業する親の姿を見ておれば、親に対する尊敬と思いやりの心は生じても、非行に走るような子供は生じないだろう。それだけの忍耐と強い精神力を必要とする。
 今は親達でさえ経験していないし、ましてや子供達に危険だからと言って、自然の中での自由な遊びの体験などさせようとはしない社会である。
 里山、里川、里海等の自然環境の中で異年齢との冒険、外遊びでの交流と自然体験がいかに重要であったか、それは、人類が火を手に入れ、石を使い、言葉を覚え意思の疎通を図るなど、石器時代からの人間の進化と発展を、子供たちは短時間のうちに体験する学習の場であって単なる遊びではなかった。
 里山や里川などの自然環境の中での遊びの体験は物事に興味と関心、知識と技能、物事を評価し行動する人づくりの場所であった。
 この日本の里山文化は、この度の山口県の「やまぐちの美しい里山・海づくり条例」の施行は、里づくりは人づくりと考え、自然の中で子供達に環境学習の体験をさせる、多くの団体や仲間達にとって自信と勇気をもたらすこととなり、環境みらい下関の目指す「里づくり都市・しものせき」の活動が確信を持って進められることとなった。

やまぐちの美しい里山・海づくり条例(PDF)

NPO法人環境みらい下関
事務局次長  藤木 幸三


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